7.29,2019 Yesterday and (today)
* Scene I
───冬。
年が明けて、
平成最後の、
一月。
介護職に就いて半年以上が経ち、
僕は主任から日勤だけでなく早番も任されるようになった。
業務内容はさして変わりはないが、
朝がとても早い。
低血圧な僕にとってはちょっとつらいところだが、
数にして月に二、三回程度、
耐えられない程ではない。
早番の朝、
家を出ると外はまだ暗く、
白い吐息が街灯に照らされ浮かびあがり、
遠くの空から微かに白みはじめているのがみえた。
電車の本数の都合で七時前には病院に到着した。
始業より三十分は早かったが、
僕はのんびりロッカールームで着替えを済ませて病棟に向かった。
「おはようございます。
めずらしいですね、早番ですか?」
途中、
病棟へのエレベーター待ちをしていたところで声をかけられた。
振り返るとそこにはマスクをした彼女が立っていた。
〝目尻が垂れている細い目は、
マスクの上からでも穏和そうな印象が窺えた───。〟
* Scene IV
───夏。
令和。
七月中旬。
トツゲキ倶楽部のメンバーにプライベートで会うことはめったにない。
たまにみんなで映画や御飯に一緒に行ったりもするが、
メンバーは公演が終わると、
それぞれの日常を、
それぞれの活動を、
普段は送っている。
…と書いてみたが、
そういえば、
前田綾香プロデュース「綾なして」参加メンバーはぶっ続けで稽古真っ只中だったな。
メンバーの中では僕と仲澤さんぐらいか、
それほど顔を合わせていないのは。
それでも月に数回ある勉強会では、
みんなと顔を合わせているはずなのだが…
しかしその日は、
妙に、
久し振りに会ったように感じられた。
「ライタはスミちゃんのこと好きだからね」
と横森さんが言った。
昔からトツゲキ倶楽部と懇意にしてくださっているライタさんのお店、
コンポジットが二十三周年を迎えたということで、
お祝いにいくことになったのだ。
お店に着くとライタさんがあたたかく僕らを出迎えてくれた。
お店の半分以上はトツゲキ倶楽部のメンバーで埋まってしまった。
(同席されたお客様、
大勢で押し掛けましたのに、
お付き合い、
ありがとうございました。)
禁酒中の僕はリンゴジュースを頼んだ。
永野さんもリンゴジュース。
横森さんと前田綾香はリンゴジュースで割ったお酒を。
けろたつやはなんかオシャレなのを頼んでいた…
相変わらず。
会話は弾み、
みんな随分と笑っていた。
しかし、
けろたつやのスマホでの自撮りがひどかったな、
僕が言うのもなんだが下手すぎだ。
前田綾香がいつもよりも陽気に喋っていたな、
だがしかし、
あまりお酒を呑ませない方がいいな奴は、
…あぶなっかしいから。
永野さんと横森さんも楽しそうだったな。
…よかった。
あとなんとなく覚えているのは、
〝鳥取県の人口は川口市の人口より少ない〟という、
鳥取県民にはとても大事なこと(らしい)、
…ぐらいか。
ほんとうに、
ふしぎだ。
いったい、
これは、
どんなめぐりあわせなのだろうか?
こういう環境があることに、
仲間がいることに、
感謝を憶えた。
そして、
ほんの少しの、
憂慮を感じた───。
* Scene II
冬。
平成。
一月中旬。
───振り返るとそこにはマスクをした彼女が立っていた。
〝目尻が垂れている細い目は、
マスクの上からでも穏和そうな印象が窺えた。〟
僕は彼女に軽く会釈をした。
「おはようございます。
二度目の早番です、よろしくお願いします」
「おはようございます。あとで食介、私も手伝いますから」
「すいません、ありがとうございます」
病棟は横長に広く、
部屋数も患者数も多かった。
通常は、
その日の夜勤者である看護士とケアワーカーと、
早番の三人で、
患者の朝食の食事介助を行うのだが、
看護学生が朝から午前中だけ出勤してくれる日があり、
彼女はその看護学生だった。
看護士とケアワーカーは仕事の性質上、
どうしても衝突しやすいところが多々あるのだが、
彼女はうまくその衝突をかわして、
お互いの仕事を円滑に運ぶ柔軟さを持ち合わせていた。
僕自身、
そんな彼女の存在に何度も助けられたことがあった。
* Scene III
梅雨。
令和。
七月上旬。
───言葉がみつからなかった。
嘆息し、
もう一度、
それをはじめから読み直した。
わかっていた。
予感はあった。
結果、
そうなる気はしていた。
腹は立っていたが、
煮え繰り返る程ではなかった。
ただ、
あきらめに似たような想いはあった。
いや、
考えようによってはこのタイミングでよかったじゃないか、
最悪の手前で事が済んだのは何よりも救いだ。
そうだ、
その通りだ。
よくあることだ。
───それでも、
期待していた人が全くいなかったわけじゃないんだ。
作品を製作する上で全く組み込まれていないわけではないんだ。
僕はもう一度、
溜め息をついた。
何故?
そんなことさえも、
想像できない?
送られてきたそれには、
そのせかいがどうしようもなく、
そのせかいという枠組みから抜けられない所以、
〝なにものでもないもの〟の、
小さな小さなどうしようもないプライドと、
丁寧な言い訳で、
カッコよく着飾られた、
一言で云えば、
〝ただの都合〟が綴られていた。
わからないでもなかった。
なめられた原因はあったかもしれない。
そして、
たしかに、
そういうせかいなのかもしれない。
もしかしたら、
まちがっているのは僕の方なのかもしれない。
まかりとおってきたんだろう。
きっと、
今までも、
おそらく、
この先も。
しっかりとものさしではかったあとがある…
ほんとうにいいの?
それで?
僕は、
そういうせかいだと思わないし、
誰にも、
そういうせかいだと思わせたくない───。
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