7.10,2019 Encoffiner
この仕事をゼロから学ぶ僕に対して、
カサジマさんは付きっきりで懇切丁寧に仕事のひとつひとつを教えてくれた。
僕の作業用エプロンのポケットにはいつでもメモ帳が入っていて、
その中には、
言葉遣い、
処置の仕方、
コスメの基本、
綿づくり、
学んだその作業のひとつひとつが、
びっしりボールペンで殴り書きされていた。
家に帰って読み返したときに、
中にはたまに読めない文字があった。
自分が書いた文字なのにさっぱりわからない。
何語だ?
これは。
更には、
絵でわかりやすくと図解したものが、
脱出ゲームで出題されそうな問題図みたいになっていたのだ。
うん、
ノーヒント。
出口がみえない。
出題者である過去の僕に問い質したい気分になった。
しかしそれは仕方のないことだった。
何せこの仕事は効率とスピードが要となるからだ。
基本は一件の仕事に対してひとりで二時間以内に〝すべてを終わらせなくては〟、
一日に複数件を抱えてしまった場合、
仕事として成り立たなくなってしまうからだ。
現場で、
僕はカサジマさんのレクチャーを見聞きし、
実際に自分の手を動かして処置やコスメを行い、
作業と作業の少ない時間の合間でしか、
メモを取ることができなかった。
当然、
殴り書きになるわけだ。
───「こころの区切りが必要なんです」
いつもよりも少し低いトーンで、
カサジマさんはそう言った。
式までには少し時間があった。
「残されたご家族が、
故人様の死を認識するよりもはやく、現実は次から次へやってきて進み、待ってやくれません」
僕は黙って頷いた。
カサジマさんは続けた。
「だってそうじゃないですか?
自分だけでなくいつの間にか周囲も含めて葬儀のあれこれを決め、急かされ追い立てられ、何百万もお金はとんでいき、たったおひとりの死で昨日と今日で急に世界が変わってしまう。
こころの休まることなんてないまま、
まるで非日常の世界に投げ出されたみたいな日々を過ごすんです」
「非日常…」
「だから、
この納棺式というものは、
そのご家族が改めて故人様の死を認識し、
こころの区切りをつけてもらい、
日常へ帰るための云わば…入口なんです」
「入口」
「そう、大事な。
一度納棺して蓋を閉めてしまうと、
もうご家族が故人様に触れる機会はありません。
だから私はなるべくご家族の皆様には故人様に触れてもらうようにしています。
触れて、そこではじめて、
その人の死というものを認識することもありますから」
式の時間になり、
カサジマさんはいつも通り納棺式を務めあげた。
旅支度をして、
故人様を納棺し、
ご家族様に触れてもらう。
孫であろう制服姿の女の子が、
冷たくなったそのからだに触れて、
手紙をそっと棺の中に置いた。
まだ幼さの残る瞳にはうっすらなみだをたたえていた。
その手紙が読まれることがないことを、
女の子は、
きっと、
わかっている。
───〝こころの区切りが必要なんです〟
僕は、
ただ、
ぐっと堪えた。
納棺師、
この仕事を続けてみようと思った。
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