7.3,2019 Edelweiss
ぐしゃぐしゃな気持ちのときに、
ぐしゃぐしゃな気持ちのままをただ綴りたくて、
探れど探れど、
言葉は見つからず、
無理くり似たような言葉をそれに当てはめてみるのだが、
書きあがったものにうんざりする。
ぐしゃぐしゃな気持ちは何処へやら、
ぐしゃぐしゃな気持ちなどそこになく、
言葉に、
気持ちを、
叩いて、
押し込んで、
封をしただけの、
形骸化した誰かさんへの手紙。
ただただ綺麗に舗装されたアスファルトの道みたいに、
ほら歩きやすいでしょって、
───理解されたい下心が透けてみえる。
「あんたのせいだ、なにもかも」
理不尽なまでに、
本気で誰かの所為にできるような、
そんな大人になりたかった。
───子供の頃、
幼稚園、
いや小学生ぐらいの頃だったか、
遊びで壁を登るのが好きだった。
その遊びは自分の背丈ぐらいの壁からはじまり、
次に背丈の倍の壁、
マンションの二階ぐらいの高さ、
遂には三階ぐらいの高さの壁まで。
手をかけられるところ、
足をのせられるところならば、
どんな壁でも登った。
登れないものなどないと当時の僕は調子にのり、
周囲の大人たちの制止する声を他所に、
いろいろな壁に挑んだ。
遊びからはじまり、
楽しさからつづけた壁登り。
登りきった達成感を子供ながらに感じていたのだろうか、
それともこんなことは他の誰にもできないという自負があったのかもしれない。
ある時、
近所の空き地の壁を登ったときである。
いつものように、
コンクリートでできたタイルの隙間に、
足をのせて手をかけて、
順調にその壁を登っていった。
マンションの二階ぐらいの高さだったか、
いよいよ頂上に手が届くというときに、
足場のタイルの角が若干薄くなっていることに僕は気付かず、
誤ってそこに重心をかけて足を滑らせたのである。
瞬間───、
視界に映る景色が縦にズレて、
自分の身体が宙に浮くのがわかった。
体勢を崩しながら、
タイルの隙間にかけていた両手の指先に、
反射的に力が入る。
無理矢理に身体を壁に引き寄せて、
ずり落ちるかたちで必死に足場を探した。
伸ばした足が運良くタイルの隙間にひっかかり、
なんとか滑落することだけは免れた。
ただ、
身体の手足が伸びきった無理な体勢で止まってしまい、
僕はそのまま身動きがとれなくなってしまった。
登ることはできず、
ましてや降りることもできない。
その空き地は普段人気が少なく、
助けを呼ぶにも当然周りには誰もいなかった。
みなきゃいいものを、
つい、
僕は視線を落としてしまった。
それはマンションの二階ぐらいの高さの筈だ。
その筈だった。
だが目にしたものは確かに、
その倍以上の高さに、
感じてしまった。
〝こんなにも高かっただろうか?〟
思いきって飛び降りたとしても、
怪我じゃすまないのは明らかだった。
嫌な想像が膨らみ、
心臓の鼓動が早くなるのを感じた。
その音はまるで耳元で鳴っているかのように頭の中で響いた。
怯えで足が震えだし、
不安で思考がぐちゃぐちゃになった。
こんなときに今更、
(こんなときだからこそ今更、)
周囲の大人たちの制止する声を思い出していた。
ああ、
ちゃんと言うことを聞いておけばよかったのだ。
今ここにいない誰かに急に謝りたくなった。
誰でもよかった。
ただ謝りたくなった。
謝れば助かると思ったからだ。
安直に。
きっと、
誰かが助けに来てくれると思ったからだ。
遊びだったんだ。
〝こんなつもりじゃなかったんだ。〟
そんなことを喫茶店での会話中に、
ふと思い出していた。
「ほら、続けている人たちの中でも、もう、ただただ惰性で続けているだけの人っているじゃない?
そういう人ってさ、やめるという選択肢がそもそもないと思うの。
ああ、
これ悪い意味でね。
そういう人はさ、
いざ、やめるとき、何かの所為にするの。
〝しなきゃいけないの。〟
だって自分自身でやめるを選ぶことができなかったんだもの。
〝やめさせられた〟って思わないと、
きっと、
やってられないんじゃない」
「そうだね、それはそれで、うらやましいよ」
大人になった僕は、
そんな子供の頃の体験と似たような状況に度々陥ることもあれば、
そういう状況に陥っている人もよく目にする。
進むこともできず、
後戻りもできない、
かといって、
やめる選択肢を選ぶことも憚られ、
どうしようもなくなって、
ただ、
誰かの助けを待っている。
怯えと不安に苛まれながら。
───あのとき、
僕は、
あれから意を決して登ったのだった。
子供ながらに、
ここには誰も来ないことを感じてか、
ゆっくりと深呼吸をして、
心を落ち着かせて、
足場をゆっくり安定させて、
一歩ずつ登った。
登りきったその後、
僕は壁登りをきっぱりやめた。
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